戦国武将に突撃インタビュー

戦国武将たちと、朝まで生テレビ

1599年1月1日 お正月スペシャル特番
 田原総一朗:  皆さん、あけましておめでとうございます。司会の田原総一朗です。

 先日、太閤様がお亡くなりになられ、世間はなにやら慌しくなってきました。
 そこで、今日は太閤様亡き後、どのようにして豊臣政権を支えていけばいいのか、
 今日は豊臣政権のキーマンにお集まりいただいて徹底的に討論してみようと思います。
 渡辺さん:  それでは本日のパネリストを着席順にご紹介していきましょう。

 まずは、北陸のご意見番こと前田利家さん。
 太閤様から関東地方の統治を任せられた重鎮・徳川家康さん。
 中国地方の雄で、酒豪の毛利輝元さん。
 その毛利さんのブレーンで、僧侶の安国寺恵瓊さん。
 豊臣家の若き大黒柱・宇喜多秀家さん。
 今年1月、会津に大幅加増の上、栄転された上杉景勝さん。
 豊臣政権の奉行筆頭格・石田三成さん。
 故・織田信長さんの次男で、現在は能楽研究家の織田信雄さん。
 そして蹴鞠評論家の今川氏真さん。
 
 以上9名のパネリストの方にお集まりいただきました。
 なお、出演予定でした旅人の六角義治さんは、現在連絡が取れない状況ですので、今回はお休みということにさせていただきます。
 それでは皆さん、よろしくお願いします。
 田原総一朗:  じゃあ早速、本題に入っていきましょう。今の現状を、前田さんはどう思いますか?
 前田利家:  太閤様亡き後、遺言を守らずに好き勝手なことをする方が出てきたり・・・まぁ本人を目の前にすると言いづらいですけどね。
 田原総一朗:  ふふふ。徳川家康さん、今あなた、にやっと笑ったね。そこのところどう考えてるの?
 徳川家康:  私は別にやりたくてやってるわけじゃありませんよ。どうしてもとお願いされるので大名間の婚儀の橋渡しをしているだけです。
 田原総一朗:  と言うことは、ぜんぜんやましい気持ちとかはないってこと?次はおれだ、なんて考えてないの。
 徳川家康:  全く考えていませんねぇ。私はそんな器じゃありませんよ。
 田原総一朗:  分かった。じゃあ・・・毛利さんはどう考えてる?
 毛利輝元:  ・・・あ、すいません。話しを聞いてませんでした。
 安国寺恵瓊:  と、殿!そ、それでは、私が殿に代わりまして毛利家の見解を・・・
 田原総一朗:  もういいや。そんな調子だから、毛利家はいつまで経っても天下取れないんだよ。今川さんはどう?
 毛利輝元:
 安国寺恵瓊:
 ・・・。
 今川氏真:  はい。今の状況を蹴鞠に例えますと・・・見証(審判)がいない状況で上鞠(キックオフ)してしまった状態ですね。
 田原総一朗:  ん?言ってる意味がぜんぜん分からないや。じゃあ石田さんはどう?
 石田三成:  太閤様の遺言を無視し、私利私欲に走る徳川殿のやり方には納得できませぬ。さっきの発言では回答になっておりません。
 宇喜多秀家:  それは私も同感です。武士たるもの、「義」を大事にするべきです。その「義」を蔑ろにしている徳川殿のやり方は・・・
 徳川家康:    (お前の親父には負けるけどな・・・笑)
 前田利家:  まぁまぁ、石田殿、宇喜多殿。あまり熱くならずに冷静に冷静に。徳川殿にも何かお考えがあってのことであろう。
 田原総一朗:  あ、そういえば上杉さんもいたね。この件についてどう思う?
 上杉景勝:  ・・・良くない(ぼそっ)
 田原総一朗:  それだけ?相変わらず口下手だねぇ・・・
 織田信雄:  田原さん、田原さん、ちょっといいですかぁ?あのねー、やっぱり平和が一番なんですよ。
 ちょっと前の話しになりますが、小牧・長久手の戦いで私が、同盟者の徳川殿に内緒で、太閤様と単独和睦したじゃないですか。
 あれもねぇ、平和が一番だと思ったからこそなんですよ。あの精神が今こそ大事だと思うんですよね。
 一同:  ・・・ざわざわ(失笑)
 田原総一朗:  あれは、あなたに時流を見る目が無かっただけでしょ。ねぇ徳川さん。
 徳川家康:  あぁ、そんなこともありましたねぇ(苦笑)
 田原総一朗:  信雄さん、あなた、お父さんの織田信長が何を言ったか・・・「天下布武」の精神ですよ。
 織田信雄:  ・・・何を言ったんですか?
 田原総一朗:  織田信長、知らない?
 織田信雄:  だから、何を言ったのかって?!
 田原総一朗:  織田信長のこと知らないかって?
 織田信雄:  知ってますよ。
 田原総一朗:  知ってますよねぇ。
 織田信雄:  えぇ、はいはい。
 田原総一朗:  織田信長が・・・
 織田信雄:  当たり前でしょ!そんなこと!!!(いきなり激怒)
 田原総一朗:  怒んなって。
 織田信雄:  な〜に言ってんだ!織田信長を知らない・・・そんな無礼な質問があるか?!(続・激怒)
 田原総一朗:  だから何を言いたいかというと、織田信長が・・・
 織田信雄:  知らないって言ってるだろうが!そんなもん・・・(続・激怒)
 田原総一朗:  そういうこと言うからね、あなた、人格破綻だって言われちゃうんだよ。
 織田信雄:  人格破綻は君だよ!無礼な質問して!!織田信長を知らない人って、何事だよ!そりゃおまっ・・・(続・激怒)
 田原総一朗:  だからぁ・・・
 徳川家康:  まぁまぁ冷静に・・・(苦笑)
 織田信雄:  じゃあ君は、藤原成通を知ってるか?!(反撃開始)
 一同:    (誰だよ、そいつ・・・聞いたことねぇぞ)
 今川氏真:    (あ、蹴鞠の神様じゃん!知ってるよ!おれ、知ってるよ!←1人、テンション急上昇)
 田原総一朗:  関係ない。
 織田信雄:  関係ない?!何言ってんだ、君は。(動揺)
 田原総一朗:  まぁいいや、話しが脱線しちゃったから戻すけど・・・
 織田信雄:  人をバカにしてる・・・(鎮火)
続く・・・
 補足:田原総一朗と織田信雄のくだりは、朝生で実際にあった「田原総一朗氏vs四宮正貴氏」のバトルを再現したものです。動画はこちらからどうぞ。


武田勝頼

1582年3月11日 天目山のふもとにて
 ぼっちー:  インタビューよろしいですか?
 武田勝頼:  滝川勢が追ってきてるから手短にね。
 ぼっちー:  今の率直な気持ちは?
 武田勝頼:  うん、まぁ・・・やっぱり頼れるのは身内だけだったねって感じかな。
 あっ、でも義昌や信君、信茂は別ね。あいつらだけは許せねぇ。
 ぼっちー:  名前が挙がった小山田信茂の突然の裏切りに関しては?
 武田勝頼:  親父の従兄弟だから信頼してたんだけど・・・昌幸の岩櫃城にすりゃ良かったね。もう遅いけど。
 ぼっちー:  このような状況を招いた最大の要因についてはどう考えているか?
 武田勝頼:  やっぱり長篠での一戦かな。あんな柵立てられたら騎馬で突撃したって意味ないよな(苦笑)
 ぼっちー:  戦わずに撤退するという選択肢は無かったのか?
 武田勝頼:  馬場や山縣もそんなこと言ってたけど、あいつらいっつも小言ばっかりで・・・(ぶつぶつ)
 ぼっちー:  話しは変わって、御館の乱のときに景勝に味方したのはなぜ?
 武田勝頼:  そりゃ・・・か、か、金じゃないよ。台所事情が苦しかったのは確かだが金で動くような男じゃな・・・(ぶつぶつ)
 ぼっちー:  景虎に味方していれば、上杉・武田・北条の同盟ラインが出来たとの見方もあるが?
 武田勝頼:  北条なんか信用できないだろ。あの時点では「大金と上野の一部の無条件譲渡」のほうが現実的だったんだ。
 ぼっちー:  そういえば景勝の援軍が見当たらないが?
 武田勝頼:  援軍要請はしたんだけどね。景勝ももうそんな余裕無いんじゃない?
 そういえば直江ってやつから意味不明な返書が届いたよ。あいつは稀代の策士になりそうだな。
 ぼっちー:  暗い話題が続いていますが・・・逆に一番輝いていた瞬間はいつか?
 武田勝頼:  そりゃ高天神落としたときだろうね。親父でさえ落とせなかった堅城を落としたんだから。気持ちよかったよ。
 ぼっちー:  そういえば武田家代々の家宝・御旗楯無が見当たらないが?
 武田勝頼:  楯無は今、信勝が着てるよ。どうだ似合うだろ。今から簡単な元服式をやって、1日だけの21代当主になるんだ。
 ぼっちー:  最後になにかあるか?
 武田勝頼:  途中で母方のばあちゃんとはぐれちゃったんだけど、どっかで見なかったか?
 しかし・・・150年くらい前に武田氏が滅亡したこの天目山で再び滅亡の憂き目に遭うとは・・・運命のいたずらか。

 あと、快川紹喜の世話好きな性格も心配だな。指名手配犯とかも普通にかくまっちゃいそうだからな。
 信長は火をつけるの大好きだから、抵抗したら寺ごと燃やされ・・・さすがにそんな鬼じゃないか。

 とりあえず、今度生まれてくるときは庶子じゃなくて本家嫡流がいいかな(笑)
 じゃあ今からささっと信勝の元服式やるからこの辺でな。


今川氏真

1614年12月25日 江戸・品川の屋敷にて
 ぼっちー:  インタビューよろしいですか?
 今川氏真:  うむ、よかろう。
 ぼっちー:  まず、乱世を生き残った秘訣などがあれば教えてください。
 今川氏真:  変なプライドを捨てることじゃな。仇敵の前で蹴鞠するぐらいは屁の河童じゃ・・・ほほほ。
 ぼっちー:  桶狭間で父・義元が織田信長に討たれたが、その報を聞いたときはどう思った?
 今川氏真:  歌道や蹴鞠の練習時間が確保できるか心配だったのぉ。でも、父上所有の茶器が余のものに・・・ほほほ。
 ぼっちー:  ・・・。親の敵討ちをしようとは思わなかったのか?
 今川氏真:  敵討ちをする・しないの問題ではなく「出来なかった」のほうが正しい表現じゃな。
 余は歌道や蹴鞠の習い事が忙しかったし、桶狭間の一戦で多くの国人集や重臣を失ってしまったからのぉ。
 ぼっちー:  (コイツ・・・典型的なダメ人間だ・・・)では、仇討ちはともかく、外交面で何か努力したことはあったか?
 今川氏真:  外交?そういう難しいことは寿桂尼様や三浦義鎮に一任しておったからよく分からんのぉ。
 さっきも言ったが余は歌道や蹴鞠・・・あ、不届き者の井伊直親や飯尾連竜はきちんと処分したぞ・・・ほほほ。
 ぼっちー:  (コイツ・・・マジ終わってんな・・・)で、では、掛川城を開城して、今川家が事実上滅亡した時にはどう思った?
 今川氏真:  これで心置きなく歌道や蹴鞠が出来ると思ってワクワクしたのぉ。未練?ないない(笑)
 ぼっちー:  ・・・。その後はどこで何をしていたのか?
 今川氏真:  氏康を頼ったり、家康を頼ったり・・・あとは京都に上って習い事三昧じゃ。
 父上の果たせなかった上洛も果たし・・・ん?これは上洛じゃなくて放浪か(笑)
 ぼっちー:  で、最終的に家康に保護されて、品川に屋敷を与えられたのか?
 今川氏真:  ま、そうじゃな。今川は河内源氏の流れを汲む名門だから、当然と言えば当然じゃがのぉ。
 ぼっちー:  では、今の楽しみはなに?
 今川氏真:  見ての通りの高齢ゆえ、ゆるりゆるりと暮らすことぐらいじゃな。さすがに蹴鞠はもう無理じゃ(笑)
 ぼっちー:  生まれ変わったら何になりたい?
 今川氏真:  蹴鞠の神様と呼ばれている藤原成通様になりたいのぉ。武家ではなく公家が良かろう。
 ぼっちー:  最後に一言、なにかありますか?
 今川氏真:  太原雪斎が60歳で死なずに100歳くらいまで生きていてくれたら、余がもっと歌道や蹴鞠を楽しめたのにのぉ。不義理な奴じゃった。